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 #6018 すごい人 紹介したい人
恩田剛徳
青森市浪館前田4-30-38
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総合格闘技人生。青森を拠点に活動中
 青森市浪館の一角に「バレンティア恩田道場」がある。
「子どもの頃から格闘ものは好きでしたね。ジャッキー・チェンとかよく観てました。」
と小学校時代について恩田選手は話してくれた。東京出身、小学生の頃はちょうどジャッキー・チェン主演の「プロジェクトA」「スパルタンX」などが公開され、子どもから大人までブレイクした時期でもある。
 
 その後コンピュータプログラマとして社会に出ることになるが、21歳の時転機が訪れた。

当時、格闘界ではアンディ・フグ、ピーター・アーツなどが参戦した”K-1“が人気を見せ、テレビ放映も始まったころである。ある日、好きな試合を観に行った。それが子どもの頃憧れていた格闘家の夢を再燃させたのである。1週間後、彼はリングの上にいた。今までの仕事を辞め、プロ格闘家の道を歩むことになったのである。195cm105kg。長身で格闘家向きの体格はすぐスカウトの目に留まった。角田信朗らが所属している正道会館である。その後大阪へ移り、アンディ・フグ、武蔵、佐竹雅昭らとともに鍛錬を重ねていった。そんななか、ある格闘家から「ボクシングの練習もしてみてはどうか」とアドバイスを受けたのである。
 
 その格闘家とは初代タイガーマスクでも知られている佐山聡だった。それによって目覚めたのか、その後さまざまな経験を積み重ねていくことになる。正道会館を脱退し、骨法(コッポウ)、タイへ渡りムエタイ、韓国での試合にも出場しさまざまな経験を積むこととなった。その後日本へ戻り、国内各地をまわった。
 名古屋では格闘技ジムHEATにスカウトされ、名声・名誉も得た。しかしこうも当時について語ってくれた。
「驕りが過ぎた。若かったからせいか、お金と名誉のためだけに試合をしていた。」
 そして5年前、結婚相手の出身地青森へ移ることと
なる。そして格闘技道場を開き、弟子に任せ名古屋と
青森を行き来する日が続いたが、今年3月に発生した
東日本大震災を機に青森で定住することを決めた。

 震災のせいか、さまざまな経験を積んできたせい
か、20代の頃と試合に臨む考えが現在は変化していた。
「今は応援してくれる人のため、自分の人生修行や自分
の戒めのためだと思って試合に臨んでいます。」
 4月から新たに「バレンティア恩田道場」として再
始動。バレンティアとはスペイン語で「勇敢な行為・
勇気」の意味である。現在は小さな子どもから女性、
そしてプロ格闘家を目指す人も訪れ、自己の目標達成
のために汗を流している。「気軽にスポーツを楽しむ感
じで来てもらいたいですね。」
もちろん格闘技に対する思いは熱く厳しい。プロ格闘
家としても、国内外の試合に参戦し活躍を続けている。
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